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中川 久定(なかがわ ひさやす、1931年3月15日 - )は、フランス文学者。学位は文学博士。称号は京都大学名誉教授。日本学士院会員。 == 来歴・人物 == 東京生まれ。豊後岡藩旧伯爵中川家当主。 1953年京都大学仏文科卒、1956年同大学院修士課程修了、フランスのソルボンヌ大学博士課程に学び、1961年中退、名古屋大学教養部講師、1965年助教授、1971年京大文学部仏文科助教授、1980年教授、1992年文学部長、1994年定年退官、名誉教授、近畿大学教授、1997年京都国立博物館長、2001年国際高等研究所副所長。 1967年辰野賞受賞、1985年パルム・アカデミック勲章オフィシエ級をフランス政府より授与され、1993年京都新聞文化賞受賞、1995年日本学士院会員、2004年レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ級を授与され、2007年京都府文化賞特別功労賞受賞。 パリ第7大学客員教授、パリ国立東洋言語文明研究所客員教授、パリ高等師範学校客員教授などを歴任。 フランス18世紀の思想家ディドロを専門とする。百科全書を中心とする17・18世紀の啓蒙思想古典、紀行探検記の監修・翻訳者でもある。 1952年、京大天皇事件の際、学生の処分撤回を求めて高橋和巳、一海知義らとハンストを行った〔川西政明『評伝高橋和巳』161p〕。 名前が難読のため、同世代の学者からは「キューテイ」と呼ばれている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「中川久定」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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