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中立進化説(ちゅうりつしんかせつ、neutral theory of evolution)とは、分子レベルでの遺伝子の変化は大部分が自然淘汰に対して有利でも不利でもなく(中立的)、突然変異と遺伝的浮動が進化の主因であるとする説。分子進化の中立説、あるいは単に中立説ともいう。国立遺伝学研究所の木村資生 (きむらもとお) によって1960年代後半および1970年代前半に発表されて、センセーションを巻き起こした説である。〔Kimura M. (1968) Evolutionary rate at the molecular level. ''Nature'' 217:624-6.〕〔Kimura M. (1969) The rate of molecular evolution considered from the standpoint of population genetics. ''Proc Natl Acad Sci USA'' 63(4):1181-8.〕〔Kimura M, Ohta T. (1971) Protein Polymorphism as a Phase of Molecular Evolution. ''Nature'' 229:467-469.〕〔Kimura M, Ota T. (1974) On some principles governing molecular evolution. ''Proc Natl Acad Sci USA'' ;71(7):2848-52.〕中立説は自然選択説との間で論争を引き起こした。 ==概要== 中立突然変異の幅広い存在を示唆した者は以前からいた。Sueoka (1962)もその一人である。しかし、木村資生(1968)は中立進化を一貫した理論として初めて定式化した。これに続いてすぐJack L. KingとThomas H. Jukesによる『非ダーウィン進化』(1969)というセンセーショナルな論文が発表された。 この説には以下の二つの重要な主張が含まれる。 第一に、現存種のゲノムを比較すると分子レベルでの違いの大部分は自然選択に「中立」である。つまり分子レベルでの違いの大部分は生物個体の適応度に何ら影響を及ぼさない。この結果中立説は、ゲノムの分子レベルでの変化が、自然選択を受けないし、また、自然選択によって説明されない、とする。この見解をもたらした根拠の一つに遺伝子コードの縮退がある。遺伝子コードの3塩基は、異なるものが同じアミノ酸をコードする場合がある(例えばGCCとGCAはどちらもアラニンをコードする)。その結果単一塩基での変化の多くはその効果がサイレントでありアミノ酸変化をもたらさない(コドン#遺伝コードの縮重あるいは非表現突然変異を参照)。このような変化は生物学的な効果がほとんどあるいは全くないと考えられる。ただし、中立説の初版はアミノ酸変化率の一定性に基づいたもので、これら(アミノ酸)変化の大部分も中立であると仮定していた。 中立説の第2の主張あるいは仮定は,進化的変化の大部分は中立遺伝子に働く遺伝的浮動の結果であるとする。遺伝子の塩基配列中の1塩基に自然突然変異が起こって新しい対立遺伝子が生ずると、単細胞生物ではこのような変化は直ちに新規の遺伝子として集団に寄与し、以後の存亡は遺伝的浮動にゆだねられる。両性生殖を行う多細胞生物では、個体中の性細胞の一つに塩基置換が起こらなければならない。さらにこの性細胞が胚発生、続いて個体発生に係わって、初めてこの突然変異が集団中に新規遺伝子として寄与する。塩基置換が中立であれば新しい対立遺伝子も中立である。 これら新対立遺伝子は遺伝的浮動によって集団中に広がっていく。あるものは消失するであろうし、まれに集団中に固定される(新しい遺伝子が集団中で古い遺伝子と完全に置き換わる)ものもあるだろう。 遺伝的浮動の数学的原理により互いに多様な変化を遂げた集団を比較してみると、1塩基置換の大部分は突然変異をもった個体が生じる率と同じ率で集積してきたと考えられた。この率はDNA複製酵素のエラー率から予想できるという議論が行なわれた。DNA複製酵素はよく研究されておりあらゆる種を超えてきわめてよく保存されている。こうして中立説は分子時計技術の基礎を与えている。分子進化生物学者は、種が共通祖先から分岐してからどれ位の年月が経過したかを測るのにこれを用いる。突然変異率は一定とは考えられないが、様々な複雑な分子時計が考案されている。 木村のほかに、分子生物学者や集団遺伝学者の中で中立説の発展に貢献した研究者は数多くいる。このことについては現代進化学の統合の流れの中で概観されるだろう。 有利な変異は自然選択によって選択され、不利な変異は排除されるという点では選択説と共通する。「有利な変異」とは表現型に影響し、生物の住む環境において、その突然変異が生じた遺伝子をもつ個体の適応度(生存率や繁殖率)を高める変化のことである。自然選択が関わるのは生物の表現型である。 中立進化説では、突然変異の大部分が、表現型に影響せず、生物にとって有利でも不利でもない中立的な変化であるという事実に注目する。中立的な突然変異が起きても子孫を残せる確率の期待値は変わらないが、個体によってはたまたま多くの子孫を残すものもいれば、残せないものもいる。そのなかで、中立的な突然変異を起こした遺伝子は、運がよければ子孫の個体に残るだろうし、悪ければ消えてしまうだろう。この運良く子孫の個体に残った中立的な突然変異が集団のなかに広がって定着していく。つまり、遺伝子に起きた中立的な突然変異が、全くの偶然によって広がることでも進化が起きると考える。この過程を遺伝的浮動と呼ぶ。自然選択による進化が適応を生み出すのに対して、中立的な進化は前適応や遺伝的な多様性の原因になると考えられている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「中立進化説」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Neutral theory of molecular evolution 」があります。 スポンサード リンク
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