翻訳と辞書
Words near each other
・ 中野安子
・ 中野宏
・ 中野宗助
・ 中野宗時
・ 中野定博
・ 中野実
・ 中野実 (作家)
・ 中野実 (政治学者)
・ 中野実業高校
・ 中野実業高等学校
中野寅次郎
・ 中野富士見中学いじめ自殺事件
・ 中野富士見中学校
・ 中野富士見町駅
・ 中野寛也
・ 中野寛成
・ 中野實
・ 中野尊正
・ 中野小学校
・ 中野小屋 (新潟市)


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

中野寅次郎 : ウィキペディア日本語版
中野寅次郎

中野 寅次郎(なかの とらじろう、元治元年9月26日〔『人事興信録』〕(1864年10月26日) - 昭和15年(1940年4月21日〔『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』〕)は、日本の衆議院議員立憲政友会)。ジャーナリスト
==経歴==
土佐国高知の中山家に生まれ、中野久尾の養子となった〔。1882年明治15年)、高知県師範学校を卒業〔。しばらく教職にあったが、板垣退助自由民権運動に参加し、各地で遊説を行った〔『憲政と土佐』pp.119-120〕。三大事件建白運動の際には片岡健吉に従って、保安条例で東京から退去を命じられた〔。また新聞記者として活動し、『土陽新聞』記者、『愛国新聞記者』、『自由党報』監督、『人民新聞』監督、自由通信社主幹を務めた〔。
一方で、小石川区会議員、小石川区長、東京市会議員を務め、尾崎行雄市長時代には東京市土木部長に就任した〔。その後、満洲興信公所所長、満洲水力電気株式会社取締役、鬼怒川水力電気株式会社副社長、土陽新聞社社長などを務めた〔。
1917年大正6年)、第13回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「中野寅次郎」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.