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久古健太郎[きゅうこ けんたろう]
久古 健太郎(きゅうこ けんたろう、1986年5月16日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手(投手)。 == 経歴 ==
=== プロ入り前 === 東京都豊島区巣鴨出身で、両親は北海道上川郡新得町出身〔新たな“持ってる男”早くも5勝、ヤクルト久古健太郎 ZAKZAK、2011年7月15日〕。小学1年から野球を始め、中学時代は豊島シニアに所属。国士舘高校時代は、1年秋から新垣勇人に続く2番手の先発投手となり、明治神宮野球大会では1回戦の延岡学園高校戦で先発投手を務めている〔毎日新聞、2003年2月21日付朝刊、東京地方面〕。2年春には第75回選抜高等学校野球大会に出場し、初戦(2回戦)で堂上剛裕を擁する愛知工業大学名電高校と対戦して7回を2安打1失点と好投するも、0対1で敗退。エースとして迎えた3年夏は東東京大会の準々決勝で正則学園高校に敗れた〔読売新聞、2004年7月26日付朝刊、東京地方面〕。 高校卒業後は青山学院大学に進学し、野球部に所属。同期には井上雄介がいた。1年春から高市俊の控えとして公式戦に出場し〔読売新聞、2005年6月6日付朝刊、P.14〕、4年秋にはエースとして13試合に登板して2勝を挙げるなど大学通算3勝を記録した。大学卒業後は日産自動車に進むも入社直前に休部が発表された〔読売新聞、2009年2月10日付朝刊、P.25〕。休部にともない翌に日本製紙石巻に移籍するとチームのエースとなり、東北2次予選で13回1/3を投げて防御率1.35の好投でチーム史上初となる第81回都市対抗野球大会出場に貢献した〔毎日新聞、2010年8月27日付夕刊、P.9〕。本大会ではヤマハとの初戦で先発して敗れはしたものの内容をスカウトから高く評価され〔毎日新聞、2010年11月6日付朝刊、宮城地方面〕、同年10月28日にドラフト会議にて東京ヤクルトスワローズから5位指名を受けた。担当スカウトは八重樫幸雄で、契約金4000万円、年俸1000万円(いずれも推定)で契約している〔毎日新聞、2010年11月26日付朝刊、宮城地方面〕。同年に大学時代の1年上の元マネジャーと結婚。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「久古健太郎」の詳細全文を読む
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