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二条院三河内侍(にじょういんのみかわのないし 、生没年不詳)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の歌人である。伊賀入道寂念こと加賀守藤原為業の娘(為業の子範玄の娘とも)。三条実綱との間に七条院大納言、従五位下侍従三条公仲を産んでいる。女御家兵衛佐とも呼ばれた。歌人としては、単に三河内侍で二条院三河内侍を指す〔* name=burui/>。 == 経歴 == 二条天皇の典侍として出仕、後に後白河院の女御藤原琮子の女房となる〔* name=hyoe/>。実綱以外に左京大夫藤原定隆との間にも子をもうけている。『千載和歌集』以降の勅撰集、歌合等に作品を残している。俊恵を中心とする「歌林苑」にも参加していた〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「二条院三河内侍」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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