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二階堂 行綱(にかいどう ゆきつな)は、鎌倉時代中期の鎌倉幕府文官御家人。 建保4年(1216年)に二階堂行盛の次男として生まれる。寛元3年(1245年)に伊勢守に任官し、建長元年(1249年)に引付衆に任じられた。康元元年(1256年)に執権・北条時頼が出家すると、兄の行泰や弟の行忠と共に出家し、「行願」と号した。 時頼の死後も幕府で重きを成し、文永元年(1264年)に評定衆の一人に任じられ、文永6年(1269年)には政所執事に任じられた。弘安4年(1281年)6月7日に死去。享年66。跡を子の頼綱が継いだ。 == 経歴 == * 仁治3年(1242年)3月7日 - 蒙使、宣旨、左衛門尉。 * 寛元元年(1243年)4月12日 - 叙留。 * 寛元3年(1245年)1月13日 - 任伊勢守。 * 建長元年(1249年)12月13日 - 前伊勢守、引付衆。 * 康元元年(1256年)11月 - 出家、法名「行願」。 * 文永元年(1264年)4月 - 評定衆。 * 文永元年(1264年) - 政所執事。 * 弘安4年(1281年)6月7日 - 卒。 == 関連項目 == *二階堂氏 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「二階堂行綱」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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