翻訳と辞書
Words near each other
・ 五十万トン戦艦
・ 五十万人の遺産
・ 五十三次
・ 五十五年体制
・ 五十公野信宗
・ 五十公野公園
・ 五十公野公園陸上競技場
・ 五十公野城
・ 五十公野御茶屋
・ 五十公野村
五十公野治長
・ 五十公野清一
・ 五十公野駅
・ 五十六
・ 五十円
・ 五十円札
・ 五十円玉
・ 五十円玉二十枚の謎
・ 五十円硬貨
・ 五十円紙幣


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

五十公野治長 : ウィキペディア日本語版
新発田重家[しばた しげいえ]

新発田 重家(しばた しげいえ)は、戦国時代武将越後国戦国大名上杉氏家臣蒲原郡新発田城主。
== 生涯 ==

=== 家督継承前 ===
揚北衆佐々木党の一人(加地氏庶流)。当初は五十公野家を継いで五十公野 治長(いじみの はるなが)と称していた。上杉謙信に仕え、川中島の戦い(第4次川中島の戦いで諸角虎定を討ち取ったのは新発田勢とも言われている)や関東出兵などに参加する。謙信の死後に起こった御館の乱では安田顕元の誘いに応じて上杉景勝を支持し、上杉景虎方についた同族の加地秀綱を降し、三条城神余親綱を討ち、乱に介入した蘆名盛氏伊達輝宗の兵を退けるなど大いに活躍した。
天正8年(1580年)、兄の死により新発田家に戻って家督を相続し、新発田重家と名乗った。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「新発田重家」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.