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五十子陣[いかっこ じん] 五十子陣(いかっこ じん/いかっこのじん)とは、室町時代中期に武蔵国児玉郡五十子(現在の埼玉県本庄市、大字東五十子及び大字西五十子の一部)に所在していた平城。「いらこのじん」「いかごのじん」などと読まれることもある。 == 概要 == 15世紀中頃に関東管領である上杉房顕が、古河公方である足利成氏との対決に際し、当地に陣を構え、1457年頃に築いたものが五十子陣である。 五十子(いかっこ)は本庄台地の最東端に位置し、利根川西南地域を支配していた上杉方にとって、利根川東北地域を支配していた足利方に対する最前戦の地として選ばれた。当時、五十子の領地を治めていたのは、本庄信明であり、山内上杉家の五十子陣を守備する為に大字北堀(東本庄)の地に館を築いている。 こうして五十子の戦いが始まり、1477年に長尾景春に攻め落とされ、陣が解体するまで山内上杉家の拠点として活動し続けた。五十子の戦い(山内上杉家の敗退)は、東国における戦国時代の遠因へと繋がっていった。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「五十子陣」の詳細全文を読む
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