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井上剛一[いのうえ ごういち]
井上 剛一(いのうえ ごういち、1868年5月4日(慶応4年4月12日〔衆議院『第五十五回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1928年、17頁。〕) - 1946年(昭和21年)5月12日〔『政治家人名事典』〕)は、衆議院議員(憲政会→立憲民政党)、弁護士。 == 経歴 == 紀伊国伊都郡学文路村(現在の和歌山県橋本市)に、水木重左衛門の二男に生まれ、井上又左衛門の養子となった〔『大日本人物史』いゐの部 P.36〕。和歌山県師範学校を卒業した後、1887年(明治20年)より英吉利法律学校(現在の中央大学)で法学を学び、1889年(明治22年)に代言人試験に合格した〔『岳陽名士伝』P.741-744〕。浜松代言人組合に所属し、後には静岡弁護士会長や日本弁護士協会名誉理事に選ばれた〔『衆議院要覧』〕。 浜松市会議員、静岡県会議員を経て、1920年(大正9年)の第14回衆議院議員総選挙に出馬し、当選した。以後、当選回数は合計で4回を数えた。 その他に遠州電気鉄道株式会社取締役などを務めた〔。
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