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井山宝福寺 : ウィキペディア日本語版
宝福寺[ほうふくじ]

宝福寺(ほうふくじ)は岡山県総社市井尻野にある臨済宗東福寺派の寺院である。山号は井山(いやま)。本尊は虚空蔵菩薩。宝福禅寺とも呼ばれる。
室町時代の画僧雪舟が修行したことで有名な寺院である。
==歴史==
宝福寺は創建の年代は不明であるが天台宗の僧・日輪によって開かれたとされ、元来は天台宗の寺院であった。鎌倉時代貞永元年(1232年)に備中国真壁(現在の総社市真壁)出身の禅僧・鈍庵慧總によって禅寺に改められた。
当時の天皇であった四条天皇は病気となっていた。鈍庵が天皇の病気平癒のために祈祷を行ったところ、壇前に客星が落ち、天皇の病気は平癒したという。星が落ちた場所に井戸を掘り「千尺井」と名付けた。これが山号「井山」の由来となった。その後、寺院は天皇の勅願寺となり発展した。一時は塔頭・学院55、末寺300寺を数えるほどの巨刹となり隆盛を誇った。
戦国時代に起こった備中兵乱のため、天正3年(1575年)には三重塔を残し伽藍のことごとくを戦火により失った。その後、江戸時代に至るまでの間は荒廃していたが、江戸時代初期に復興され、再び山門仏殿方丈庫裏禅堂鐘楼経蔵の禅宗様式七堂伽藍を備える本格的な禅寺となった。本堂にあたる仏殿享保20年(1735年)に再建されている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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