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京の七口 : ウィキペディア日本語版
京の七口[きょうのななくち]
京の七口(きょうのななくち)とは、京(京都)につながる街道の代表的な出入口の総称として用いられる。
七口として示される出入口の場所および名称は史料によっても異なり、定まっていない。
== 七口の由来 ==
京の出入口を表す言葉としての「口」は、鎌倉時代後半から使われていたようであるが、室町時代になるとその出入口をはじめとして、幕府寺社朝廷公家)などさまざまな主体が「七口の関」と称される関(関所)を設け関銭(通行料)を徴収するようになったため、記録に関として「口」がみられるようになる。
その記録を見ると、幕府や朝廷が設置した関の数を7つとするものが見られる。たとえば、『建内記』によると、1441年に朝廷は御厨子所の率分関を、八瀬、今道の下、東寺口、法性寺、鳥羽、七条口、長坂口の七か所に設置し代官をおいたとある。
ただし、各主体の関が同じ場所に設置されたわけでなく、場所はまちまちである。
また、時期によって関の数は異なっており、例えば内蔵寮による率分関については、1333年には長坂口、粟田口、大原口、四宮河原関が設けられていたが、応仁の乱以降は増加して木幡口、坂本口、鞍馬口、西口(嵯峨口)、南口、淀口、摂津芥川、納所関、辰巳口が挙げられている。
時代が下がり江戸時代に入ると、京の出入口を表す言葉として、「七口」という表現が一般的に使われるようになる。豊臣秀吉京都改造の一環として、京の周囲を囲む惣構である御土居を築き、京の出入口を土塁に開いた「口」として具現化したことが「七口」という表現を一般的なものとする大きな役割を果たしたと考えられる。
そのため、秀吉が御土居建造当時に穿った出入口が7つであったともいわれるが、建造当時の出入口は『三藐院記』によると十口とあり、。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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