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今日泊亜蘭 : ウィキペディア日本語版
今日泊亜蘭[きょうどまり あらん]
今日泊 亜蘭(きょうどまり あらん、1910年(明治43年)7月28日 - 2008年(平成20年)5月12日)は、日本小説家SF作家。本名は水島 行衛(みずしま ゆきえ)。「今日泊」以外のペンネームに水島多樓(みずしま たろう)、水島太郎、璃昴(りぼう)、紀尾泊世央(きおどまり ぜお)、今日泊蘭二、宇良島多浪(うらしま たろう)、園兒(えんじ)、志摩滄浪(しま そうろう)など。日本SF界の最長老として知られた。代表作は、日本SFの古典としても知られる『光の塔』。
父親は画家小説家漫画家水島爾保布。母親は読売新聞の記者で、女性記者のはしりといわれる。
==経歴==
東京府下谷区下谷上根岸町(現・東京都台東区根岸)出身。府立第五中学校(現・東京都立小石川高等学校)を中退後、上智大学付属の外国語学校に入るもこれも中退。いわゆる「高等遊民」的な生活を送った後、通訳などの職に就く。
1953年佐藤春夫の推薦で「文芸日本」に「桜田門」(水島多樓名義)を発表しデビュー。同誌にはその後も何作かを発表したが、そのうち「河太郎帰化」は、1958年(上半期)直木賞候補に推された(ちなみにそのときの受賞作は、山崎豊子「花のれん」と榛葉英治「赤い雪」)。同時期には、辻まことの紹介で「歴程」にも参加している。
1957年には、日本最初のSF同人誌宇宙塵」に客員として設立より参加。同時期に、渡辺啓助矢野徹らとSF同人「おめがクラブ」(この命名は今日泊による)を設立、同人誌『科学小説』を発行。
1962年、戦後初のSF長編小説『光の塔』(『苅得ざる種』改題)を発表。
1983年には、第25回児童文化功労者を受賞。1987年から1990年には、77歳にして「S-Fマガジン」に長編『我が月は緑』(『光の塔』の30年後を舞台とした続編)を連載する。
他の代表作に『海王星市(ポセイドニア)から来た男』、『アンドロボット'99』など。
また、30ヶ国以上の言葉を操る在野の言語学者としても活躍した。
2008年5月12日、肺ガンのため死去。。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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