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伊号第二十四潜水艦[いごうだいにじゅんよんせんすいかん]
伊号第二十四潜水艦(いごうだいにじゅんよんせんすいかん、旧字体:伊號第二十四潜水艦)は、大日本帝国海軍の伊十六型潜水艦(巡潜丙型)の5番艦。 ==艦歴== 第三次海軍補充計画(通称③計画)により建造が決定し、1938年(昭和13年)12月5日に海軍の佐世保海軍工廠で起工、1941年(昭和16年)10月31日に竣工し、第6艦隊第1潜水戦隊第4潜水隊に配属された。 1941年の太平洋戦争開戦時には第6艦隊特別攻撃隊に所属して特殊潜航艇(甲標的)をハワイ島沖まで輸送する任務を担った。本艦の搭載した艇には酒巻和男少尉及び稲垣清二等兵曹が搭乗。甲標的は爆雷攻撃を受けて座礁したため、二名は艦を放棄した。酒巻少尉は気絶しているところを米軍によって発見され、太平洋戦争において初めての捕虜となった。翌1942年1月下旬、ミッドウェー島に艦砲射撃を加えた。2月1日、第3潜水隊に移籍。5月17日以降はオーストラリア方面で行動、特殊潜航艇によるシドニー港攻撃に特殊潜航艇の母艦として参加している。搭載の特殊潜航艇(甲標的)には伴勝久中尉、芦辺守一等兵曹が乗り組み、米巡洋艦「シカゴ」へ向けて魚雷を発射。しかし、発射された魚雷は「シカゴ」には当たらず、1本はに命中し、爆発でガーデン島に係留してあった宿泊艦クッタブル (''HMAS Kuttabul'') を撃沈した。もう1本は不発に終わった。特殊潜航艇は湾外に脱出することに成功したが、帰途に「シカゴ」によって撃沈された。伊号第二四潜水艦はそのまま通商破壊に参加。6月3日夜、シドニー東北東沖で豪貨物船「エイジ」(Age、4,734総トン)を砲撃で撃沈。その1時間半後にはのシドニー東方27浬の地点付近で豪鉱石運搬船「アイアン・チーフテン」(Iron Chieftain、4,812総トン)を砲撃及び雷撃で撃沈。7日にはシドニーに向けて艦砲射撃を行った。9日には英貨物船「オレスティーズ」(Orestes、7,748総トン)を雷撃するも失敗。砲撃によりこれを撃沈した。7月以降は南太平洋で輸送任務を行った。1943年のキスカ島の撤退作戦に参加し、6月4日の状況報告を最後に消息を絶った。実際は6月11日にのアッツ島東方のセミチ島北東40浬の地点付近でアメリカ海軍駆潜艇(PC487)にソナー・レーダー探知され、爆雷攻撃によって撃沈された。潜水艦長の花房博志中佐以下乗員104名全員戦死。同年6月11日に亡失と認定され、同年8月1日、除籍となった。 撃沈隻数は3隻で、撃沈トン数は17,294トンにのぼる。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「伊号第二十四潜水艦」の詳細全文を読む
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