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伊号第二百一潜水艦〔本来の艦名表記は伊號第二百一潛水艦。〕(いごうだいにひゃくいちせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。伊二百一型潜水艦の1番艦。太平洋戦争末期に竣工したが訓練に終始し、戦後アメリカに引き渡された。 ==艦歴== マル戦計画の潜水艦高、第4501号艦型の1番艦、仮称艦名第4501号艦として計画。 1944年3月1日、呉海軍工廠で起工。6月20日、伊号第二百一潜水艦と命名されて本籍を呉鎮守府と仮定し、伊二百一型潜水艦の1番艦に定められる〔昭和19年6月20日付 達第202号、内令第778号、内令第779号。〕。7月22日進水し、本籍を呉鎮守府に定められる〔昭和19年7月22日付 内令第892号。〕。8月8日、艤装員事務所を呉海軍工廠内に設置し事務を開始〔昭和19年8月16日付 秘海軍公報 第4771号。〕。 1945年2月2日竣工し、役務を呉鎮守府練習兼警備潜水艦に定められ、呉潜水戦隊第三十三潜水隊に編入〔昭和20年2月2日付 内令第93号、内令第94号。〕。8日、大竹へ回航。13日から伊予灘で訓練に従事。24日、呉に帰投〔呉潜水戦隊戦時日誌(昭和20年2月1日-28日)。〕。 3月8日から伊予灘で訓練に従事。11日、呉に帰投。4月30日まで呉に在泊〔第三十三潜水隊戦時日誌(昭和20年3月1日-31日)、第三十三潜水隊戦時日誌(昭和20年4月1日-30日)、第十一潜水隊戦時日誌(昭和20年4月1日-30日)。〕。 4月15日、第三十三潜水隊から除かれ〔昭和20年4月15日付 内令第331号。〕、第六艦隊第十一潜水戦隊に編入。30日から伊予灘で訓練に従事〔第十一潜水戦隊戦時日誌(昭和20年4月1日-30日)。〕。 5月、訓令による魚雷発射実験に従事。19日、呉に帰投。5月30日、訓令実験終了後の舞鶴回航を指示される〔第十一潜水戦隊戦時日誌(昭和20年5月1日-31日)。〕。 6月4日、長鯨、伊号第373潜水艦とともに舞鶴着〔第十一潜水戦隊戦時日誌(昭和20年6月)〕。以後、舞鶴を基地として訓練に従事。15日、第六艦隊第三十四潜水隊に編入〔昭和20年6月15日付 内令第545号。〕。 8月15日、第三十四潜水隊が解隊され、第六艦隊第十五潜水隊に編入〔昭和20年8月15日付 内令第735号。〕。終戦時は舞鶴に所在。11月30日、海軍省の廃止に伴い除籍。 1946年1月12日、ハワイへ向け佐世保を出港。ハワイでアメリカ海軍により調査され、調査終了後の3月、オアフ島沖でアメリカ潜水艦カイマンの実艦的として撃沈処分された〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「伊号第二百一潜水艦」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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