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伏見宮栄仁親王(ふしみのみや よしひとしんのう・榮仁親王、 正平6年(1351年) - 応永23年11月20日(1416年12月9日))は、南北朝時代、室町時代の日本の皇族。読み方は「なかひと」とも。 世襲親王家、伏見宮初代当主。伏見殿、有栖川殿などと称する。 ==系譜== 北朝第3代崇光天皇の第1皇子。母は、大納言庭田重資の女、典侍源資子。 御息所は三条実治の女、藤原治子(西御方)。 *妃:三条治子(西御方) *王子:治仁王(第二代伏見宮) *王子:貞成親王(第三代伏見宮) *女房:宝珠庵(三条実音(大臣家)の女) *王子:周乾王 *女房:東御方(三条実継(大臣家)の女) *王子:恵舜王 *女房:廊御方(日野西資国(名家)の女) *王子:椎野寺主 *生母不明 *王子:洪蔭王(松崖洪蔭) 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「伏見宮栄仁親王」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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