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伝燈寺 : ウィキペディア日本語版
伝燈寺[でんとうじ]

伝燈寺(でんとうじ、、チョンドゥンサ)は、韓国仁川広域市江華郡にある寺院。韓国仏教界の最大勢力である曹渓宗大韓仏教曹渓宗)の総本山曹渓寺末寺日本統治時代は朝鮮三十一本山の一つだった。
== 歴史 ==
伝燈寺は、高句麗小獣林王の時代の381年(小獣林王11年)に、阿道和尚が真宗寺を創建してことをもって、伝燈寺の創建としている。ただし正史三国史記』や『三国遺事』に該当する記事はなく、根拠は不明である。高句麗に初めて仏教が伝えられたのは372年(小獣林王2年)である。朝鮮半島における仏教の伝来は高句麗から始まったため(百済384年新羅528年)、伝承がもし事実であれば、現存する朝鮮半島最古の寺院ということになる。
統一新羅時代の伝承は確認されていない。創建以降は1259年高麗高宗46年)に境内に假闕をつくったという話が登場するまで900年近く、伝承が残っていない。武臣政権時代の1232年(高宗19年)から1270年(元宗11年)にかけて、モンゴルの侵攻を受けた高麗は江華島に王宮を移したが、1266年(忠烈王7年)に真宗寺は重修を行った。この時期、王室はモンゴルの退散を祈願して、この寺で高麗八萬大蔵経の版木を彫刻させた(のちに移され、現在は海印寺に所蔵されている)〔『韓国の歴史散歩』p.62〕。
1282年(忠烈王8年)に忠烈王の王妃貞和宮主(貞和府主)王氏が重建を行ったことを契機に、真宗寺から伝燈寺に改名された。伝燈は仏法の灯を伝える意味とされる。貞和府主が玉製の燭台を寺に寄進したことに由来するともいう〔『韓国の歴史散歩』p.62〕。
李氏朝鮮太宗による1407年(太宗7年)の仏教弾圧の際、存続を許された88寺院の中に伝燈寺や真宗寺の名前はなく、廃寺になったようである。 世宗による1424年(世宗6年)の仏教弾圧の際も、存続を許された36寺院の中にも名前はなく、引き続き廃寺のままだったようである(朝鮮の仏教#李氏朝鮮時代の仏教弾圧)。
李氏朝鮮光海君(在位1608年 - 1623年)の時代、大火で建物が消失し、1621年に再建された。粛宗(在位1674年 - 1720年)の時代、『朝鮮王朝実録』を伝燈寺に保管しはじめた。1726年英祖が伝燈寺を直接訪問し、扁額を下賜した。
日本統治時代1911年、寺刹令施行規則(7月8日付)によって、朝鮮三十本山に指定された(1924年以降は朝鮮三十一本山)。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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