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佐味親王[さみしんのう] 佐味親王(さみしんのう、延暦12年(793年) - 天長2年閏7月16日(825年9月2日))は、平安時代前期の皇族。桓武天皇の第九皇子。母は多治比真宗(多治比長野の娘)。官位は四品・弾正尹。 == 経歴 == 大同3年(808年)佐味親王が所有していた尾張国の墾田8町が、民に対して妨げになっているとの理由で公田に編入されている〔『日本後紀』大同3年正月29日条〕。弘仁3年(812年)四品に叙される〔『日本後紀』弘仁3年正月7日条〕。弘仁8年(817年)弾正尹〔『日本後紀』弘仁8年10月1日〕、弘仁14年(823年)中務卿〔『日本後紀』弘仁14年9月29日〕を歴任した。 天長2年(825年)閏7月16日薨去。享年33。淳和天皇の践祚の日に朝堂に参列していたが、急に重病のために倒れ伏して驢馬に似た息を始めたため、輿に乗り退出したが、幾日も経たないうちに没したとされる〔『日本後紀』天長2年閏7月16日条〕。ただし実際には、淳和天皇の践祚は弘仁14年(823年)4月で、同年9月に中務卿に任ぜられ、2年後の天長2年(825年)に薨去していることから、厳密には事実と異なっている。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐味親王」の詳細全文を読む
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