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佐竹義本[さたけ よしもと] 佐竹 義本(さたけ よしもと、延宝3年(1675年) - 宝暦2年11月13日(1752年12月18日))は、佐竹氏一門の佐竹東家第9代当主。 父は佐竹義秀。母は吉川義正の娘。正室は広幡豊忠の養女(久我通名の娘)。子は佐竹義道、佐竹義智、佐竹義邦。孫に佐竹義明、佐竹義敏、蜂須賀重喜。幼名栄長。通称源六郎、将監、中務。
== 経歴 == 延宝3年(1675年)久保田藩東家当主佐竹義秀の子として生まれる。正徳4年(1714年)、父義秀の隠居により家督を相続する。藩主佐竹義格、義峯、義真に仕えた。享保2年(1717年)、長男義道が秋田新田藩主佐竹義長の養嫡子に迎えられ、享保3年(1718年)に2代藩主となる。寛延3年(1750年)、病のため隠居して家督を義智に譲る。宝暦2年(1752年)11月13日死去。享年78。宝暦3年(1753年)、孫の義明が久保田藩第7代藩主となる。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐竹義本」の詳細全文を読む
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