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佐竹義都[さたけ よしくに]
佐竹 義都(さたけ よしくに)は、出羽国久保田新田藩の初代藩主。佐竹義寘の長男。 父義寘は久保田藩主佐竹義隆の長男であったものの庶子であり、本家を相続できなかった。天和2年(1682年)12月21日、将軍徳川綱吉に御目見する。元禄元年(1688年)3月1日、小姓となる。同年4月12日、解任される。元禄14年(1701年)2月11日、久保田藩主佐竹義処から1万石を分与された。宝永6年(1709年)3月7日、従五位下式部少輔に叙任される。享保5年(1720年)11月27日、隠居して長男の義堅に家督を譲る。享保9年(1724年)4月23日、乱心のために幽居の身となり、同年6月28日に江戸・深川邸において囲いの身となる。享保10年2月15日死去、享年61。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐竹義都」の詳細全文を読む
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