|
佐藤 敬夫(さとう たかお、1935年(昭和10年)6月4日 - )は、日本の政治家、元衆議院議員(5期)。元一般社団法人日本経営士会会長。 == 来歴・人物 == 秋田県出身。成蹊高等学校、成蹊大学政治経済学部卒業。 1986年に、衆議院選挙秋田1区から自由民主党公認で立候補し初当選(当選同期に鳩山由紀夫・斉藤斗志二・三原朝彦・村井仁・逢沢一郎・武村正義・園田博之・中山成彬・谷津義男・新井将敬・石破茂・笹川堯・村上誠一郎・井出正一など)。1994年に自由民主党を離党して新党みらいの結党に参加、同年の12月に新進党に合流した。1998年の民主党結党に参加。国民運動本部長、国会対策委員長、民主党秋田県連代表を歴任した。 中選挙区時代は長く自由民主党の二田孝治とライバル関係にあったが、小選挙区制に移行した2000年の総選挙では二田に敗れ、比例東北で復活当選を果たした。新自由クラブ、自由民主党、新党みらい、新進党、国民の声、民政党、民主党と政党を渡り歩いたが、2002年の保守新党結成に加わる(以上の経緯から「政界渡り鳥」とも言われた)。しかし、翌年の衆院選で保守新党はわずか4議席しか獲得できず惨敗し佐藤自身も落選。総選挙後保守新党は自民党に吸収される形で消滅した。 2005年のいわゆる郵政解散に伴う第44回衆院選に自民党から比例区東北ブロックの名簿掲載順位最下位で出馬したが、落選。この出馬は佐藤の秋田市内の後援会に二田を支援させるためであったと言われている。 2009年に若手経営者を支援するためのシンクタンクとして「佐藤敬夫総合研究所」を立ち上げる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐藤敬夫」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|