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佐藤章晶[さとう ふみあき]
佐藤 章晶(さとう ふみあき、1980年11月5日 - )は、社会人野球の選手(捕手)。 ==人物・来歴== 市立船橋高(同級生に高橋美佳子・岩佐潤・西紀寛・松田正俊)では2年夏の選手権大会で控え野手としてベンチ入りし、浦添商との準々決勝では代打として起用されるもチームは1対11で敗れた〔朝日新聞、1997年8月20日付朝刊、千葉地方面〕。2年秋からは主将を務め、3年夏の選手権大会では五番・捕手としてチームを支え、西千葉代表として本大会に2年連続出場を果たす〔朝日新聞、1998年7月29日付朝刊、千葉地方面〕。初戦で木村昇吾らを擁する尽誠学園と対戦し、3対12で敗れている。その後中央大学に進み、1年時のから東都リーグ戦に出場した〔読売新聞、1999年9月6日付朝刊、P.18〕。3年春にはチームトップの打率.355を記録するなど活躍し、4年生になると主将を務めたが、大学選手権への出場はならなかった。 卒業後、明治生命(現・明治安田生命)に入社。チームは必ずしも強豪とは呼べない状況だったが、1年目からNTT東日本に都市対抗の補強選手に選出される。にはアテネオリンピック野球日本代表の代表合宿にブルペン捕手として帯同し、裏方としてチームを支えた。3年目のにはシダックスの補強選手として都市対抗に出場している。そしてには東京第3代表の座を勝ちとり、チームにとって24年ぶり、社名変更後では初となる都市対抗本大会出場を果たした。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐藤章晶」の詳細全文を読む
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