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佐藤首相訪米阻止闘争[さとうしゅしょうほうべいそしとうそう] 佐藤首相訪米阻止闘争は、1969年11月16日~17日に行われた新左翼による闘争・事件。近代日本史上最大の2500人超の逮捕者を出し、1967年から続いた学生運動・新左翼運動の高揚に一つの終止符を打った。 == 概要 == この年の11月17日は、佐藤栄作首相の訪米予定日であった。佐藤首相の訪米の目的は、日米安全保障条約が期限切れ(以降は自動継続)となる1970年を目前に控え、安保条約の継続をアメリカと協議することであった。 全共闘・新左翼諸派はこれを阻止する闘争を70年安保の前哨戦と位置づけ、前月の10.21国際反戦デー闘争に続いて各地で集会・行動を企画した。中核派、解放派等を中心とした武闘派は佐藤首相の訪米を実力阻止すべく、ゲバ棒や火炎瓶で武装した行動隊を羽田空港に送り込んだ。 11月16日から始まった武闘派の実力闘争は、数百人ずつに分かれて蒲田駅に到着した部隊がその都度機動隊に個別撃破されるという形になり、羽田闘争等の過去の闘争と比べても完全な敗北に終わった。佐藤首相の訪米は予定通り行われた。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐藤首相訪米阻止闘争」の詳細全文を読む
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