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佐野友三郎 : ウィキペディア日本語版
佐野友三郎[さの ともさぶろう]
佐野 友三郎(さの ともさぶろう、元治元年3月10日青空文庫 作家別作品リスト 佐野 友三郎 〕(1864年4月15日) - 大正9年(1920年5月13日)は、明治・大正期の教育者図書館学者。息子に、日本共産党元書記長の佐野文夫
== 経歴 ==

=== 図書館長就任まで ===
上野国前橋藩士の子として武蔵国川越(現在の埼玉県川越市)に生まれる〔当時、前橋藩は前橋城を廃城し廃藩となっており、藩主川越城に移封となっていた(川越藩も参照のこと)。佐野の誕生する前年に前橋城再建と前橋藩立藩が決定されており、誕生後に佐野家の人々も前橋に移住した。佐野の本籍・出身地が前橋とされているのもここに由来している。〕。
明治15年(1882年)に群馬中学校(現・群馬県立前橋高等学校)を卒業後、明治18年(1885年)に東京大学(後の帝国大学)に入学する。だが、卒業直前に外国人教師との対立を理由に大学を中退し、明治23年(1890年)に山形県米沢中学校に教師として赴任し、翌年に地元の医師の娘と結婚した。後に警視総監となった岡田文次はこの時の教え子で、佐野から死後の整理を依頼されるなど親交が厚かったとされている。その後、大分県や広島県で中学校教師をした後に台湾総督府に採用される。台北県弁務署長まで昇進するものの、明治32年(1899年)に人員整理を目的とした文官分限令発動の対象となり休職扱いとなる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「佐野友三郎」の詳細全文を読む



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