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保谷俊夫[ほうや としお]
保谷 俊夫(ほうや としお、1948年4月10日〔プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、507ページ〕 - 2010年7月3日〔 〕)は、東京都出身〔のプロ野球選手(投手)。 == 来歴・人物 == 東京都出身。日大一高校時代は、桜井憲のカゲにかくれて目立たなかったが、1m82cmの長身から投げ降ろす速球にはかなりの威力があった。1966年第1次ドラフト会議で阪急ブレーブスから4位指名を受け入団。7年間で一軍登板はなく、1973年に引退。その後阪急・オリックスのスコアラーやマネジャーを歴任し、1994年からはファーム担当として若手育成に尽力し、2002年からオリックスの選手寮「青濤館」の寮長を務めていた〔〔 〕。 2010年7月3日、神戸市内で脳幹出血のため急逝した〔。告別式には、前日の試合で共に快勝した1軍、2軍のウイニングボールが手向けとして添えられた〔 〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「保谷俊夫」の詳細全文を読む
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