|
信託型従業員持ち株制度(しんたくがたじゅうぎょういんもちかぶせいど)は、従業員持株会〔従業員が、被雇用会社株式を定期的に購入するときに、、会社が奨励金等を補給して中長期的な資産形成を支援する制度。通例は民法に基づいて設立される投資組合により、給与もしくは賞与から天引きされた社員一人ひとりの投資金額をまとめ、一括して被雇用会社株式を購入する仕組みであり、社員の資産形成を支援する制度として、日本の上場企業等の多くが導入している。企業にとっての導入メリットとして、福利厚生制度を充実させることにより従業員の会社に対しての忠誠心が高まること、従業員購入株式の議決権を取りまとめて会社に都合よく行使できること、株主構成を安定させて将来的な敵対的買収者に対する抑止力や安定的な株価形成が期待されることなどがあげられている。〕という既存の集団的株式投資スキームを用い、従前の従業員持株会では市場から定期的に株式の買付けを行っていたものを、3年から5年程度の一定期間について会社が用意する信託や中間法人などのビークルからの買付けに切り替えるスキームである。 会社が用意する信託等が、自社株式を先行取得することを目的としているため、会社が株式取得資金を拠出すると明確に自己の資金による自己株式の取得にあたってしまう。このため、資金の出所が曖昧になるよう、信託等のビークルが借り入れを行うものとされている。従業員持株会では、従業員の株式購入資金は給与天引きとなっているため、従業員は意識することなく、資金がビークルの借り入れに対する返済原資に当てられる結果となる。形式的には、従業員が株式購入資金の前借りをさせられているといえ、金融的にみると、従業員の給与を担保としてスキームが設計されるため、ビークルのキャッシュフローは安定性に大きな問題があり、会社の保証がなければ成り立たない。また、従業員給与の支払いも天引きも会社が行うため、スキームの借り入れ返済は完全に会社の責任において行われる必要がある。〔借り入れの返済は従業員の責任ではなく、会社の責任であることから、会社が実質的にビークルまたはスキームを支配しているといえ、このような資金による株式の取得は自己株式の取得にあたり、会社がスキームに対して新株発行や自己株式の処分を行うと、仮装払込みにあたるとする考え方がある。このため、会計処理ではスキーム保有株式は会社の自己株式とし、資本の払込みの効力を認めていない。〕 かつて日本版ESOPの一種として報道等がなされており、2010年5月現在でも複数の金融業者によって、米国で普及している従業員持ち株制度(ESOP)であるかのような宣伝が行われているが、米国にも他の諸外国にも、このような制度あるいは類似の金融スキームは存在していない。〔従業員持株会制度自体を、従業員の選択による自社株式報酬制度と解釈すれば、自社株式報酬制度に加入する従業員のみを対象とするSARs(Stock Appreciation Rights:株式増加参加権)の一種と考えることができるが、この解釈に立てば、従業員持株会を利用した自社株式保有スキームは、会社によるヘッジ手段といえる。このスキームは大手信託銀行のほとんどが取り扱っているが、従業員持株会の買い付け先を市場から会社の用意する株式プールに変更させることと、従業員に自社株式の値上がり益の還元を期待させて、従業員持株会からの脱退や株式の引き出しを抑制し、あわよくば従前以上に会社株式を購入させることを目的とする、会社自身による自社株式投資スキームといえる。〕 ==制度の実態== 現在は、信託を用いる形態〔このスキームは、証券会社など複数の金融機関が取り扱っている。信託期間が短く一時的な株式の受け皿として利用されるほか、株価下落時には会社がスキーム損失の補填義務を負う。また、議決権の有無は明確でなく、受益者も従業員持株会であると考えられるため、信託に対する従業員の権利保護は図られていない。〕が主流となっているが、最初に日本版ESOPを謳って導入されたスキーム〔最初の導入事例であるネクシィーズのケースを見てみると、 2006年9月に、76,935株、@10,315、793,559,000円で十数年分を設定したとされており、以後、~2007年3月末71,239株(高値12,200、安値7,000)~2007年9月末64,684株、(高値7,340、安値3,850)~2008年3月末、55,641株、(高値5,560、安値4,040)~2008年9月末、44,637株、(高値4,800、安値2,640)、~2008年12月末33,383株、(高値2,875、安値1,412)~2009年3月末19,372株、(高値2,115、安値1,545)~2009年6月末12,538株、(高値4,010、安値1,909)~2009年9月末 9,070株(7,425との記載もあり)、(高値3,690、安値3,000)~2009年12月末1,159株、(高値3,440、安値2,100)と推移していることから、2010年初にはスキームが終了したものと見られ、設定以降、従業員持株会が毎月同額を買い付けたものとして試算すると、スキームは5.5億円程度の債務超過、従業員は3億円弱の払込み総額に対して25%程度の含み損を抱えているものと考えられる。なお、括弧内当該期間中の株価はYahooファイナンスから、各時期の株数残高は当社有価証券報告書または四半期報告書より取得した。但し、その後の四半期報告書においても中間法人からの株式処分が行われている旨の記述がみられ、同スキームで自己株式を再取得してスキームを継続している可能性もある。〕は、信託ではなく中間法人を用いて株式プールをつくるものであり、現在流行しているスキームのように、残存株式の売却代金を従業員に分配するものではなく、この代金について会社が受領するものであったが、実態と効果はほとんど同じである。〔導入済み企業で株価が大幅に値上がりしているものも数社あるが、導入後一年以上経過したもののほとんどのケースで株価が下落しており、保証履行が発生する可能性がある。株価が大幅に下落しているケースも目立ち、広島ガスは25%程度、大同メタル工業は4億円程度の設定金額に対して1億7641万9千円(2009年12月末現在、当社四半期報告書より)の損失を抱えて、スキームが予定より早く終了する可能性が高い模様である。全日本空輸も一年半が経過しているが、スキームでの株式買い付け期間中は株価が高く推移したものの、その直後に公募増資を行うなど、売却開始以降は株価が低迷していることから、既に20億円程度の債務超過状態が生じているものと見られる。他にレオパレス21も1年程度しか経過していないが、導入後に株価が急落しており、23億円程度の債務超過に陥っているものと見られる。東急電鉄、カッパ・クリエイトなども株価は低迷傾向にある。一方、これらの会社の従業員持株会参加者は、従来どおり時価で買い付けを継続しているだけであるため、会社からの報奨金等を含めると、損失の度合いはそれほど大きくないか、むしろ損失となっていない場合もあると見られる。〕 ESOPが安定継続的な会社制度として運営されるのに対して、一時的(漸減しながら3年から5年程度で終了)なものであること、ESOPでは会社が自社の株式の市場価格変動リスクを負わないのに対して、会社が損失を負担すること、ESOPが従業員の私有財産に雇用者会社株式を無償で付与するのに対して、従業員の私有財産の拠出により雇用者会社株式の購入をさせるものである〔スキームのために、会社が従業員個人の承諾なく個人財産である従業員持株会への将来の出資金を流用する結果となる点に問題があると指摘する向きもある。また、米国ESOPでは禁止されている、従業員の株式取得資金負担が行われているが、従業員が負担する場合については、金融商品取引法・金融商品販売法上の無届(非開示)勧誘の問題があるものとされる。〕など、ESOPとは、目的〔資本主義が私有財産制の維持と自由、民主主義において運営されるために必要な資本所有の広範な分散を、労働分配によって実現すること。ESOP参照。〕も効用〔ESOPは、雇用者会社による労働分配としての株式給付スキームであり、従業員の財産拠出による株式購入を否定する。(米国においては、従業員が株式購入資金を負担する場合には、証券法上の勧誘にあたり、投資者保護の観点から問題があるものとされている。)この点では、401(k)プランによる自社株式投資枠とも異なっている。また、従業員の資本形成のため、退職給付を前提とし、在職期間中の間の中途処分、換金等を制限している。〕も異なるものである。 米国においては、従業員が自らの拠出によって雇用者株式を購入する場合の補助的な制度として、423ESPPs(Employee Stock Purchase Plans:従業員株式購入制度)と401(k)確定拠出型年金プランにおける雇用者株式購入部分がある。423ESPPsは、購入代金を給与天引きでき、1年半程度の勧誘期間中の株価の最安値から15%程度のディスカウントを与えて、従業員による株式購入を促すことができる。日本の従業員持株会に相当する制度であるが、全額会社負担であるESOPに比べて魅力的でないと言われている。また、401(k)プランは、ESOPと同様の年金形式でありながら会社負担が軽減できることから、一時ESOPからの転換が進んだが、エンロン事件等の教訓から拠出額の上限規制など従業員への自社株投資勧誘が抑制される方向で制度運用が厳格化されている。 このように見てみると、信託型従業員持ち株制度が「米国ESOPのスキームを参考につくられたインセンティブプラン」などと説明されることがあるが、米国のESOPが禁止している従業員による拠出を前提とするなど、ESOPの主旨に反する点が多く、反面どこに共通点があるのか不明〔唯一考えられる共通点は、レバレッジドESOPが会社の年金給付債務を担保として、信託が借入によって将来給付資産の先行買付けをすることができることから、信託が借入を行う点であるが、信託借入自体はESOPに限られたものではない。また、ノンレバレッジドESOPは言葉通り信託借入を用いない形態である。このように見ると、ESOPではなく「レバレッジド従業員持株会」と呼ぶのが妥当と考えられる。〕であり、ESOPが持ち出される理由も不明であるだけでなく、誤った導入誘因となる危険性が高い。また、エンロン事件など、従業員による株式購入を推奨することで悲劇が拡大した米国での経営陣による不正事件の教訓が活かされていないということができる。また、スキーム導入後に株価が下落すれば会社も従業員も共に損失を蒙るが、スキームを提供する金融機関は、会社の保証によって利益が確定されていることから、「利益は私のもの、損失は顧客のもの」というウォール・ストリート流のグリーディズムさながらであると揶揄される。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「信託型従業員持ち株制度」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|