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全日本柔道選手権大会(ぜんにほんじゅうどうせんしゅけんたいかい)は、毎年開催される男子柔道の無差別級日本一を決める大会。 == 概要 == 戦後、全国柔道人が一堂に介して互に久闊を叙し、平和日本の再建について語り合い、技を競い合う大会として、嘉納治五郎没後10年の催しを開催したのが全日本柔道選手権大会の始まりである。 現在は、オリンピック・世界柔道選手権の開催年には体重の重い階級の代表選考会となる〔男子100kg級、100kg超級、無差別級、女子78kg超級、無差別級は、全日本柔道選手権大会後に代表が決定する。その他の階級は全日本選抜柔道体重別選手権大会後に代表が決定されている。〕。毎年4月29日に日本武道館で開催。優勝者には天皇杯が贈られる。 日本人柔道家には夏季オリンピック、世界柔道選手権大会と共に柔道三冠の1つとされている。 なお、戦前の1930年から1941年まで〔1933年と1940年は除く。〕は、日本全国から男子の選手を招集する大会として、全日本柔道選手権大会の前身とも言える全日本柔道選士権大会が開催されていた。しかしこの大会は、「専門」・「一般」の2つに分類されていたのに加え、第8回大会(1938年)までは4つの年齢別〔壮年前期(20歳-29歳),壮年後期(30歳-37歳),成年前期(38歳-43歳),成年後期(44歳- の4区分。〕に細分化されていたため8人の優勝者が存在していた。第9回大会(1939年)および第10回大会(1941年)は大会名も日本柔道選士権大会と改称し、年齢別が廃止され「専門」・「一般」の2区分で開催されている。このように、唯一無二のチャンピオンを決める現在の大会とは、かなり質を異にするものであった。 また、1949年の決勝戦は2度の延長戦にも拘らず両者とも技が殆どなく、主審の三船久蔵の判断により引き分けとされたため両者優勝という記録が残っているが、ポイントおよび判定で勝敗を決する現在の試合規定では起こりえない裁定である。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「全日本柔道選手権大会」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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