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内海弘蔵 : ウィキペディア日本語版
内海弘蔵[うつみ こうぞう]

内海 弘蔵(うつみ こうぞう、明治5年3月24日1872年5月1日) - 昭和10年(1935年12月7日)は、神奈川県出身の国文学者、歌人。号は月杖(げつじょう)。
== 経歴 ==
東京帝国大学国文科を卒業し、明治大学教授に就任〔『野球殿堂 2012 The Baseball Hall of Fame』(2012年、ベースボール・マガジン社)、P.39〕。また、落合直文の短歌結社「浅香社」に参加し、歌人としても活動した〔デジタル版 日本人名大辞典+Plus 〕。1910年明治大学硬式野球部が創設されると同時に部長を務めることになった〔。
更に1911年に展開された野球害毒論に対しては率先して反論し、演説会で「まず謬見を去れ」などと説いた〔。
1929年に野球部部長を辞任後も東京六大学野球最高顧問として早慶戦復活に尽力しつつ、1935年には名古屋金鯱軍の結成にも関わるなど幅広く活躍した〔。
1973年野球殿堂入り。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「内海弘蔵」の詳細全文を読む



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