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内藤濯 : ウィキペディア日本語版
内藤濯[ないとう あろう]
内藤 濯(ないとう あろう、1883年7月7日 - 1977年9月19日)は、フランス文学者、評論家翻訳家エッセイストサン=テグジュペリの''Le Petit Prince''(直訳すると「小さな大公」)を『星の王子さま』と訳したことで知られる。
== 生涯 ==
熊本県熊本市に生まれる。父泰吉は軍医。熊本市立慶徳小学校から福岡県立中学伝習館に進む。同期に北原白秋がいた。
上京して開成中学校に転校。在学中に文学に目覚め、和歌新体詩に熱中。1903年卒業第一高等学校文科丙類では日本ユニテリアン協会に参加。
1907年東京帝国大学文学部仏文学科に入学。1910年に卒業。フランス語教官として陸軍幼年学校に勤務。のち第一高等学校に奉職中、文部省在外研究員となり、パリ留学。1924年帰国後、東京商科大学(現在の一橋大学教授となる。当時の教え子に伊藤整葛川篤佐倉潤吾瀬沼茂樹田中西二郎がいた。1931年フランス政府からレジオン・ドヌール・シュバリエ勲章を受ける。1944年商科大を定年退官。
戦後、昭和女子大学講師を務める。1971年1月、歌会始召人に選ばれ「鞍馬苔からみあひつつ庭つちに居つけりと見ゆ小さきわが家」が詠進される。1972年昭和女子大を退職。
長男の内藤初穂は編集者などを経て作家。父の伝記を執筆している。次男の内藤幸穂(1924年 - 2014年)は学校法人関東学院元理事長。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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