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出津 孝一(いでつ こういち、1964年6月3日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の栗東トレーニングセンター所属の元騎手。引退後岩元市三厩舎所属の調教助手となる。 当初は平地競走でも騎乗していたが、体重増加により障害競走専門騎手となった。引退当時JRA騎手では唯一の障害競走専門騎手となっていた。 == 来歴 == 馬事公苑第32期生(最終年)を卒業後、1984年3月栗東・服部正利厩舎所属騎手としてデビュー、同期騎手に中舘英二、坂本勝美、木幡初広、鹿戸雄一、谷中公一などがいる。同年3月11日初勝利を記録、また1年目より障害競走にも騎乗し、2年目となる1985年1月に障害初勝利を挙げている。 1年目に平地のみで18勝を挙げた出津は、2年目以降その平地騎乗数を減らす一方、障害での騎乗数を伸ばし始める。その後も双方の競走免許を所持していたが、1988年9月を最後に平地への騎乗機会はなくなりのちに平地免許を返上、障害専門騎手に転向となった。 転向後は毎年50-70回の騎乗を維持し障害競走の中心騎手として活躍を続け、1987年京都大障害(春)にてハクホウダンディに騎乗して重賞初勝利を達成。1997年にはポレールに騎乗し中山大障害(春)を制覇、この年の勝ち鞍は3勝にとどまるも優秀障害騎手賞を受賞する。 2000年9月障害振興の一環としてフランスのオートゥイユ競馬場にて障害戦騎乗(16頭中11着)も果たしている〔「競馬ニホン」の中央競馬情報サービス 〕。 2004年には中山大障害をメルシータカオーで制し、この年の初勝利がJ・GI制覇となった。勝利騎手インタビューで「今年未勝利だったから(引退を)考えていた」「来年も何とかジョッキーを続けたいんですけどねえ」というコメントを残した。 出津はその後も現役を続けたが、このレースが最後の重賞勝利となり2010年10月31日付けで騎手を引退、岩元市三厩舎の調教助手へと転身した〔出津 孝一騎手が引退 〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「出津孝一」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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