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北ノ洋昇 : ウィキペディア日本語版
北の洋昇[きたのなだ のぼる]

北の洋 昇(きたのなだ のぼる、1923年2月1日 - 2002年1月8日)は、北海道網走郡網走町北浜(現:北海道網走市北浜)出身で、1940年代後半から1960年代にかけて活躍した大相撲力士である。本名は緒方 昇(おがた のぼる)。
== 来歴 ==

=== 目標は、双葉山を倒すこと ===
1923年2月1日に、北海道網走郡網走町北浜(現:北海道網走市北浜)で料理屋を営む家に二男として生まれた。幼少期から地元では有名な腕白だったが、小学4年生の時に実兄が事故で没したことでショックを受け、それ以降は腕白な性格から内気な性格へ変わっていった。実家が地元で人気の料理屋だったことから、厳しい父親に毎日家の手伝いをさせられていた。
1938年の暮れのある日、自宅へ宿泊した旭川の馬飼いが緒方少年の大きな体格を見い出し、その人物が旭川幸之丞とも親しかったことで立浪部屋への入門を勧めたが、緒方少年は相撲好きだったものの「他の部屋に入って双葉山定次に勝つ相撲取りになりたい」と考えて出羽海部屋への入門を希望していた。当時の双葉山定次は、同年に玉錦三右エ門現役死亡したことで角界を代表する大横綱となっており、出羽海部屋では一門ぐるみで「打倒双葉」を合言葉に、どのように破るかで連日猛稽古と研究に明け暮れていた時期だった。馬飼いはこの姿勢に一度は引き上げたものの、1939年の春に再び訪ねて来て熱心に説得すると、一家の稼ぎ手を失うことを心配した母親から反対されたものの、立浪部屋への入門が決定した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「北の洋昇」の詳細全文を読む



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