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北山監守(ほくざんかんしゅ)は、尚巴志が琉球を統一後、旧北山国(現今帰仁村を中心とした沖縄本島北部)の監視及び統治を目的として設けた琉球王国の官職である。 王族から任命されることが多く今帰仁城を拠点としていた。 尚忠を監守として送ったのが最初(『中山世譜』『球陽』、碑文『山北今帰仁城監守来歴碑記』)。薩摩軍侵攻(琉球征伐)の際は、北山監守の向克祉(しょうこくし)が戦死している。今帰仁朝幸が就任したのを最後にその後、1665年に廃止された。 江戸時代の大坂城代と性格が似ている。 == 主な北山監守 == * 尚忠 * 護佐丸 * 今帰仁朝典 * 今帰仁朝幸 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「北山監守」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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