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北白川祥子[きたしらかわ さちこ]
北白川 祥子(きたしらかわ さちこ、1916年8月26日 - 2015年1月21日)は、北白川宮永久王の妃。男爵・徳川義恕の次女。母は津軽承昭の娘・寛子。 長兄の徳川義寛は侍従長。次兄の津軽義孝は常陸宮妃華子の父に当たる。 == 略歴 == 東京女子高等師範学校(後のお茶の水女子大学)を卒業し、1935年(昭和10年)4月26日、19歳のとき永久王と結婚した。しかし1940年(昭和15年)に死別する。3歳の長男・道久が北白川家を継ぎ、さらに1947年(昭和22年)10月14日に皇籍離脱となるが、姑にあたる成久王妃房子内親王とともに北白川家を支えた。 1969年(昭和44年)女官長に就任する。平成改元後も皇太后宮女官長として香淳皇后に長く仕えた。 2015年(平成27年)1月21日午後11時40分、急性肺炎のため東京都内の自宅で死去した〔北白川祥子さん死去=元宮内庁女官長、元皇族 時事ドットコム 2015年1月22日〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「北白川祥子」の詳細全文を読む
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