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十・十空襲 : ウィキペディア日本語版
十・十空襲[じゅう じゅうくうしゅう]

十・十空襲(じゅう・じゅうくうしゅう)または沖縄大空襲(おきなわだいくうしゅう)は、太平洋戦争大東亜戦争)後期の1944年(昭和19年)10月10日南西諸島の広い範囲でアメリカ海軍機動部隊が行った大規模な空襲。所在の日本軍艦船などに甚大な損害を与えるとともに、那覇市の市街地の大半が焼失するなど民間人にも大きな被害が出た。那覇市の空襲被害を特に那覇空襲と呼ぶこともある。日本軍の防衛態勢は不十分で、アメリカ艦隊に対する有効な反撃も行えなかった。
== 背景 ==
1944年10月、マリアナ諸島の攻略を終えたアメリカ軍は、次の作戦としてフィリピンへの進攻を準備していた。これに先立って、フィリピン守備の支援拠点となりうる南西諸島から台湾方面に散在する日本軍基地を、機動部隊による空襲で破壊することにした。その一環として沖縄諸島も攻撃目標に選ばれた。ウィリアム・ハルゼー大将率いる第3艦隊の高速空母部隊である第38任務部隊(指揮官:マーク・ミッチャー中将)が担当部隊となった。
当時の沖縄は、マリアナ諸島の陥落以後にアメリカ軍の侵攻が警戒されるようになり、防衛態勢の構築が急がれている最中であった。陸軍の第32軍(司令官:牛島満中将)の下に4個師団・5個旅団の地上部隊が揃えられる一方、日本本土や台湾への民間人の疎開が推進されていた。海軍は沖縄方面根拠地隊(司令官:新葉亭造少将)を置いていた。防空体制は各地に陸海軍のレーダーサイトが設置されて、沖縄本島高射砲70門・高射機関砲50門余などが布陣していたが〔『沖縄方面陸軍作戦』、117頁。〕、防空戦闘機は陸軍第8飛行師団隷下の独立飛行第23中隊(三式戦闘機など12機)が本島の北飛行場にいるのみであった。そのほかの航空戦力は、海軍の銀河爆撃機9機や偵察機、移動途中の滞在機などだった〔読谷村(2004年)、「“十・十空襲”直前の沖縄守備軍の状況 」〕。港内には軍需物資や疎開民を運ぶための艦船が多数碇泊していた。
10月10日以前、沖縄を含む南西諸島は本格的な空襲を受けたことが無かった。同年6月の八幡空襲を皮切りにアメリカ軍の大型機による日本本土空襲が始まっていたが、沖縄方面では9月27日と10月3日に沖大東島へ大型機各1機が飛来して機銃掃射をした程度にとどまっていた〔『沖縄方面陸軍作戦』、116頁。〕。そのため、民間人の危機感は薄く、「対馬丸」のような遭難を恐れたことなどもあって疎開への応募が伸び悩んでいた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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