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千田嘉平 : ウィキペディア日本語版
千田嘉平

千田 嘉平(せんだ かへい、1871年10月12日(明治4年8月28日〔〔『日本陸軍将官辞典』410頁では「8月6日」。〕)- 1943年昭和18年)2月18日〔『平成新修旧華族家系大成』上巻、791頁。〕)は、日本の陸軍軍人政治家華族。陸軍少将貴族院男爵議員
==経歴==
鹿児島県出身。薩摩藩士千田貞暁の二男として生まれる〔〔人事興信所編『人事興信録』第13版 上、セ26頁。〕。父・貞暁の死去に伴い、1908年6月17日、家督を相続し男爵を襲爵した〔『官報』第7492号、明治41年6月18日。〕。
1894年7月27日、陸軍士官学校(5期)を卒業し、同年9月18日、歩兵少尉に任官〔『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』111、116頁。〕。以後、近衛歩兵第2旅団副官、教育総監部副官、第4軍司令部副官、野津道貫元帥副官、近衛師団副官などを歴任〔『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』75頁。〕。1916年7月14日、歩兵大佐に昇進し歩兵第16連隊長に就任〔。近衛歩兵第4連隊長を経て、1920年8月10日、陸軍少将に進み歩兵第19旅団長となる〔。1924年2月4日に待命となり、同年2月26日、予備役に編入された〔。
1925年7月、貴族院男爵議員に選出され、公正会に属し死去するまで在任〔。その他、日本競馬会設立委員、軍人援護対策審議会委員などを務めた〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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