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博多 大吉(はかた だいきち、1971年3月10日 - ) は、日本のお笑い芸人であり、お笑いコンビ博多華丸・大吉のツッコミ担当、相方は博多華丸。本名、吉岡 廣憲(よしおか ひろのり)。 兵庫県神戸市生まれ、福岡県古賀市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。芸人仲間から大吉先生と呼ばれている。2012年5月より古賀市のふるさと大使〔。 == 来歴 == 1971年、福岡県出身の父と福島県出身の母のもと、両親曰く「墓にまで持って行く」「絶対に教えない」理由で神戸市で生まれる〔「アメトーーク!」2012年5月17日付放送分(同番組DVD Vol.24収録)〕。2歳の時に古賀市へ移転〔。大吉は子供の頃父親が定職に就いていなかったため朝夜の食事がご飯とセール品の明太子のみという貧しい生活を送っていたといい、ときには給食の食パンをクラスメイトからもらっていた。そんな大吉はとんねるずに憧れて19歳で芸能界に入ったが、なかなか売れず貧乏生活は変わらなかった〔2015年3月17日放送「幸せ!ボンビーガール」(日本テレビ系)〕。 当時の大吉はローカルの情報番組で出演者と制作スタッフを兼任してわずかなギャラをもらって生活していたが、所属していた事務所にアルバイトを禁止されていたため消費者金融から借金をして生活していた。しかし借金の総額は250万円にまで達し、困り果てた大吉は事務所に内緒でレンタルビデオ店の深夜バイトを始め、そのレンタルビデオ店でベテランのアルバイトでも手こずるという延滞金の回収作業で巧みなトークで客を説得した〔。この巧みなトークが漫才で大成する下地となった。 1989年、推薦入学で福岡大学経済学部入学(後に中退)、落語研究会(サークル内での高座名は「福々亭こまんど」)で相方の博多華丸と出会う。 1990年、「鶴屋華丸・亀屋大吉(かめや だいきち)」としてデビュー。 1997年、芸能活動を1年間休業。 2004年4月、博多大吉に改名。 2007年11月18日、12年来交際を続けていた宮崎県門川町出身の女性と結婚した。 2008年、アメトーーク大賞で、「焼却炉の魔術師」でアメトーーク流行語大賞を獲得。 2010年、『年齢学序説』を出版。 2010年、ダイナマイト関西 2010 secondで優勝。 2011年、ダイナマイト関西 GWで優勝。 2012年、「フカボリン」でキー局初MC。 2014年、THE MANZAIで優勝〔MANZAI優勝振り返る 〕。 2015年、IPPON グランプリで優勝 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「博多大吉」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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