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卜天与[ぼくてんよ] 卜天与(卜天與、ぼく てんよ、生年不詳 - 453年)は、南朝宋の軍人。本貫は呉興郡余杭県。 == 経歴 == 卜祖の子として生まれた。弓射を得意とした。文帝の命を受けて、皇子に弓射を教えた。無官のまま東掖防関隊を率いた。450年(元嘉27年)、臧質が懸瓠を救援し、また劉興祖が白石を守るにあたって、天与は部下を率いて従軍した。北魏の軍が撤退すると、天与は輦後第一隊を率いるようになった。452年(元嘉29年)、広威将軍となり、左細仗を兼ねた。 453年(元嘉30年)、劉劭が文帝を殺害すると、天与は甲冑を着る間も惜しんで、刀を取り弓を持って、部下に出動を呼びかけ、東堂で手ずから劉劭に射かけて命中させた。しかし劉劭の兵の攻撃を受け、ひじを斬られて地に倒れ、そのまま殺害された。天与とともに劉劭を討とうとした張泓之・朱道欽・陳満らも、やはり戦死した。孝武帝が即位すると、天与はその忠節を嘉されて、龍驤将軍・益州刺史の位を追贈された。諡は壮侯といった。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「卜天与」の詳細全文を読む
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