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双柿舎[そうししゃ]
双柿舎(そうししゃ)は、静岡県熱海市水口町にある建築物。坪内逍遥が1920年(大正9年)から死去する1935年(昭和10年)までの晩年を過ごした。庭にカキの木が2本あったことから、早稲田大学での同僚である会津八一により「双柿舎」と命名された。 逍遥の没後は早大に寄贈され、現在も大学の管理下にある。 == 建物 == 建物は逍遥自身の設計になるもので、木造2階建てが2棟と、鉄筋コンクリート3層建ての書屋(仏塔の形に似た書庫)からなる。入り口の門には、会津の手によって書かれた「雙柿舎」の扁額が掛かる(「双」の字は旧字体である)。逍遥が住んでいた当時のカキの木は既に枯れてしまったが、代わりに、逍遥が10歳までを過ごした岐阜県美濃加茂市より移された蜂屋柿の木が2本植えられている。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「双柿舎」の詳細全文を読む
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