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口之津鉄道10号蒸気機関車 : ウィキペディア日本語版 | 鳳来寺鉄道1号形蒸気機関車[ほうらいじてつどう1ごうがたじょうききかんしゃ]
鳳来寺鉄道1号形蒸気機関車(ほうらいじてつどう1ごうがたじょうききかんしゃ)は、かつて鳳来寺鉄道〔東海旅客鉄道(JR東海)飯田線のうち大海駅 - 三河川合駅間を開業した事業者で、同線豊橋駅 - 大海駅間を開業した豊川鉄道の子会社。〕が使用したタンク式蒸気機関車である。 == 概要 == この機関車は、鳳来寺鉄道が1923年(大正12年)の開業に際して、ドイツのオーレンシュタイン・ウント・コッペルから輸入した、車軸配置0-6-0(C)、飽和式2気筒単式のサイド・ウェルタンク機関車である。1922年(大正11年)10月に2両(製造番号 10291, 10292)が製造され、1, 2と付番された。 新設計180HPタイプと呼ばれる規格設計の機関車で、このタイプには寸法の異なる3タイプがあるが、その中で最も大型のタイプである。動輪の軸距は3,050mmで、第1動輪と第2動輪の間隔は1,730mm、第2動輪と第3動輪の間隔は1,320mmで、動輪径は1,000mmである。また、他のタイプと異なり、主動輪は第2動輪となっている。 水タンクは、サイドタンクとウェルタンクで、ウェルタンクは第1動輪および第2動輪上部および両動輪間の台枠内に設けられている。サイドタンクは運転室の前部から第1動輪上まで伸びており、前端の上部が斜めに切り取られている。炭庫は運転室の後部に張り出して設けられた。 鳳来寺鉄道は1925年(大正14年)に電化されたため、2が親会社にあたる豊川鉄道に譲渡され、5となった。この機関車は、1929年(昭和4年)に神中鉄道に譲渡され同社の10となったが、1937年(昭和12年)に日本化成(三菱化成)黒崎工場に譲渡され、その1となり、1959年(昭和34年)7月まで使用された。一方、鳳来寺鉄道に残った1は、1937年に磐城セメント(住友セメント)四ツ倉工場に譲渡され、そのままの番号で使用されたが、後にC251に改番された。同機はその後七尾工場に移っている。
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