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口北道(こうほく-どう)は中華民国北京政府により設置された直隷省の道。 ==沿革== 1912年(民国元年)、清代の宣化府及び張家口、独石口、多倫諾爾の3庁地区に設置。観察使は宣化県に置かれ、下部に宣化、赤城、万全、竜関、懐来、懐安、陽原、蔚県、延慶、涿鹿、張北、独石、多倫の13県を管轄した。1914年](民国3年)5月に観察使は道尹と改められ、同年7月6日に張北、独石、多倫の3県が察哈爾特別区興和道に移管された。1928年(民国17年)に廃止されている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「口北道」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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