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古河古松軒 : ウィキペディア日本語版
古川古松軒[ふるかわ こしょうけん]

古川 古松軒(ふるかわ こしょうけん、享保11年(1726年)8月 - 文化4年(1807年11月10日)は江戸時代後期の旅行家、地理学者
== 概要 ==
岡田藩に生まれ、中年期より日本各地を旅し、『西遊雑記』『東遊雑記』等の紀行を著し、また絵図を作製した。晩年、江戸幕府に命じられて江戸近郊の地誌『四神地名録』を編纂した。
その紀行文は、『奥の細道』など故人の足跡を辿り、名所を歌に詠むような従来の文学志向的な旅行から一線を画し、旅先で自ら実見、体感したままを記述、学問的に考察しようとする点に特色がある。「上方中国筋」を基準としてその土地の不便性、後進性の程度を批評している点、林子平三国通覧図説』など他書の記述を多く批判している点、時に経済、軍事学的考察を加えている点なども特徴といえる。
文学史的には、ヘルベルト・プルチョウ貝原益軒と共に日本における近代文学の先駆者と評する〔ヘルベルト(2006)〕。また、ヘルベルト・プルチョウは古川古松軒には徹底的な経験主義や現実主義があり、ほとんど神秘的世界を完全に拒否していたとし、西洋にもこのような態度の人は見つけにくいとしている。〔『真澄学 第一号』ヘルベルト・プルチョウ公演録〕

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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