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古賀秀正 : ウィキペディア日本語版
古賀秀正[こが ひでまさ]

古賀 秀正(こが ひでまさ、1919年2月22日 - 1945年8月15日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍少佐。東條英機は義父にあたる。
== 経歴 ==
佐賀県出身。1939年(昭和14年)9月に陸軍士官学校(52期)を卒業し、同年11月に砲兵少尉に任官し、野戦砲兵第四連隊留守隊附となる。その後は陸軍砲工学校普通科、防空学校教導連隊を経て、1944年(昭和19年)7月に陸軍大学校(58期)を卒業した。卒業と同時に近衛第一師団参謀に補され、同年12月には陸軍少佐に進級した。
また、陸大在学中の1943年(昭和18年)に、東條英機首相(当時)の次女・満喜枝と結婚し、1男をもうけた。
終戦時に宮城事件に状況上やむを得ず関与することとなったが、クーデターは未遂となり、1945年8月15日正午過ぎの玉音放送の終了直前に、近衛第一師団司令部2階に安置された森赳師団長の遺体の前で、拳銃と軍刀を用い自決した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「古賀秀正」の詳細全文を読む



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