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司馬駿[しば しゅん] 司馬 駿(しば しゅん、233年 - 286年)は、西晋の皇族。字は子臧(しそう)。 == 生涯 == 司馬懿の7男。生母は伏貴妃。司馬師、司馬昭、司馬幹らの異母弟。八王の乱に暗躍した司馬亮の同母弟。司馬倫は異母弟にあたる。子に司馬暢ら。 239年に斉王が即位すると、幼年でありながら散騎常侍侍講となり、以後は各州都督を歴任した。 西晋の時代になると扶風王に封じられ、征西大将軍として関中の守備を務めた〔中国『三国志全人名事典』、P136〕。部下と諸葛亮の人物論を交わしたという〔。驃騎将軍・開府・使持節・都督雍涼等州諸軍事など要職を歴任し、異民族の反乱鎮圧で貢献した。武帝が弟の司馬攸を封国に追い出そうとした際には武帝を諌めたが聞き入れられず、そのため発病したという。286年9月に54歳で死去し、大司馬・侍中・仮黄鉞を追贈された。学問を好み封国で善政を敷いたので、死後に彼を悼んで各地で碑が建てられた。 彼の子孫は永嘉の乱で殺されるか行方不明になっている。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「司馬駿」の詳細全文を読む
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