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名古屋汎太平洋平和博覧会(なごやはんたいへいようへいわはくらんかい)は、1937年(昭和12年)の3月15日~5月31日まで名古屋市南区熱田前新田(現・港区港明)で行われた博覧会である。 名古屋市では、1934年(昭和9年)に市の人口が100万人を突破するなど発展を続けており、市の宣伝のために博覧会を開くことが議会で発案されたが、1940年(昭和15年)に東京と横浜で紀元2600年を記念した万国博覧会が計画されていたことからそれに配慮して「汎太平洋」という名称になったという〔。なお、博覧会開催にあたっては、以下の3つの目的が掲げられた。 * 広く内外産業文化の現状を紹介する * わが国の産業の振興と日本文化の宣伝を行なう * 関係各国民の平和親善と共同の繁栄に資する 「平和」を銘打ったもののこの博覧会は日本では第二次世界大戦前で最後の一大博覧会となり、終了2か月後には日中戦争が勃発している。 == 概要 == *場所:南区熱田前新田(現・港区港明) *面積:約15万坪 *入場者数:4,808,164人 *参加国数:29カ国〔荒俣宏監修 名古屋開府400年記念事業実行委員会『尾張名古屋大百科』118頁、ISBN 978-4835617619〕 *展示品数:約36万点〔 *総裁:東久邇宮稔彦王 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「名古屋汎太平洋平和博覧会」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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