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呉 昌熾(ご しょうし、生没年不詳)は、ベトナム呉朝の第5代王。十二使君の一人。呉使君()とも称された。 == 生涯 == 天策王呉昌岌の子として南冊江(現在のハイズオン省)に生まれる。965年に叔父の南晋王呉昌文が戦死すると、翌年に平橋(現在のタインホア省農貢県)を拠点として使君を称した。しかし各地の使君は自立して、呉昌熾の命には従わなくなっていた。勢力を増した華閭の丁部領から宴会に招かれ、脅されて屈服した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「呉昌熾」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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