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和珥部君手[わにべ の きみて] 和珥部 君手(わにべ の きみて、生年不明 - 文武天皇元年(697年)9月)は、日本の飛鳥時代の人物である。氏は和邇部、和爾部、和尓部、丸部とも書く〔読みはいずれも「わにべ」〕。姓は臣。丸邇部弓束の子で、子に大石・伯麿・弟足がいたとする系図がある〔「和邇系図」(太田亮『姓氏家系大辞典』角川書店,1963年 による)〕。冠位は勤大壱。贈直広壱。 672年の壬申の乱で大海人皇子(天武天皇)について戦い、功があった。 == 出自 == 和珥部氏は和珥氏の一族またはその属民(部曲)であり、畿内をはじめ尾張国・美濃国・加賀国等各地に分布しているが、臣姓の和珥部氏(和珥部臣)は春日氏の一族で和珥部の首長とされる。また君手は美濃国の人であるという〔太田亮『姓氏家系大辞典』角川書店、1963年〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「和珥部君手」の詳細全文を読む
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