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善き成功の聖母 (よきせいこうのせいぼ:; フィリピン語: Ina ng Mabubuting Pangyayari 英語:Our Lady of Good Success)とは、聖母マリアの呼び名の一つであり、善き出来事の聖母とも呼ばれる。この呼び名により、様々な像や絵画などのイメージが世界中に存在する。中でも数多いのがスペインで、その他エクアドルのキト、 そしてフィリピンのパラニャーケがある。キトのマリア像は聖マリアナ・デ・ヘスス・トレス(St.Mariana de Jésus Torres)という修道女に起こった聖母の出現によるものであるとされる。 ==歴史== ===スペイン=== 聖フランシス・パオラ(Francis of Paola)が、病人たちを看護するための修道会であるミニマス(Minims)修道会を設立し、その修道士ガブリエル・デ・フォンタネー(Gabriel de Fontaned) とギジェルモ・デ・リゴサー(Guillermo de Rigosa) の2人が、ローマ教皇に自分たちの設立した修道会を承認してもらうためにローマに旅に出ていた。〔 Trans. Horvat, Marian Theresa.〕 修道士たちがトライゲラス(Traigueras)の街を通り過ぎた時、 (この街はカタルーニャ州に属するトゥルトーザの管轄下のもとにあった。)、凄まじい嵐に彼らは襲われた。修道士たちは神の導きと助けを求めて祈った。すぐに彼らは不思議な光が崖の洞窟から出ているのを見た。その崖に登って洞窟の中に入ってみると、幼子のイエスを抱いた美しい聖母像を見つけた。彼らはその像が微かの光と芳香を放っていたと報告している。その像は放置されていたので、二人の修道士はその像を運び出した。 ローマに到着するとすぐに, 修道士たちはローマ教皇の同意を得られなかった場合の事を心配した。 しかしながら、教皇パウロ5世が彼らの旅の話を聞くとただちに、そのマリア像に司教が付ける十字架がついた布でその首から下を包んだ。. その像を祝福して口づけをし、ローマ教皇は下記のように言った: 教皇はこのマリア像を祝福し「善き成功の聖母」と名付けた。そのイメージ像はマドリッドの皇室病院に置かれている。 ここは ”聖母を通じてたくさんの天からの恵みが与えられている"として有名になった。〔 1641年 スペインのフェリペ3世が「善き成功の聖母」ために教会を設立するよう頼んだ。このイメージ像を崇敬する催しがマドリッド中のウルドゥニャの教会で行われた。すぐにこのマリア像とその崇敬は広まって行き、この像は スペインのウルドゥニャやラ・プエブラ・デ・ゴルドン、トゥデラ、アブラーなどいくつかの場所にレプリカが作られるようになった。 「幸運を祈る聖母」(Virgen de la Buena Suerte)の刻像が スペインのグラナダにあるカトリック両王の礼拝堂にある。もう一つの同名の像はバルセロナのプラ・デ・リュサネス(Prats de Llusanès)にある。〔"Our Lady of Good Success", ''The Mary Page'', University of Dayton 〕 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「善き成功の聖母」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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