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善明提の戦い : ウィキペディア日本語版
善明堤の戦い[ぜんみょうつつみのたたかい]

善明堤の戦い(ぜんみょうつつみのたたかい)は、永禄4年(1561年4月15日三河の豪族松平氏当主松平元康(後の徳川家康)と三河の名族吉良義昭との間で起った戦い。今川義元の戦死後独立した家康の三河統一事業の過程で起きた戦の一つである。
== 東条城の攻防戦 ==
元康の三河統一事業に敵対していたのが、吉良氏だった。吉良義昭は、自らの居城西尾城を家人に任せ、東条の城に入った。この城の正面になったのが、深溝松平氏二代目松平好景の居城、深溝城だった。松平好景は中島城(岡崎市中島町後屋敷)へ入り、東条の城を牽制する形をとった。永禄4年(1561年)2月に家康自ら東条城を攻めたが、吉良義昭はよく戦い、東条の城は落ちなかった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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