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喜志駅(きしえき)は、大阪府富田林市喜志町三丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)長野線の駅。 富田林市内の駅では最も利用客が多い(富田林市の金剛ニュータウン住民が主に利用している南海高野線金剛駅は大阪狭山市の駅である)。 大阪芸術大学、太成学院大学、上宮太子中学校・高等学校などの学校の最寄り駅であり、朝夕はこれらの学校のバスが駅前に発着する。これに加えて阪南ネオポリスからの路線バスも発着する。 == 歴史 == * 1898年(明治31年)4月14日 - 河陽鉄道の古市 - 富田林間開通時に喜志駅として開業〔近畿日本鉄道『近畿日本鉄道 百年のあゆみ』2010年12月、685頁では改称経歴を「明治31. 4 太子口喜志」「昭和8. 4 喜志」とする。〕。 * 1899年(明治32年)5月11日 - 河陽鉄道の路線を河南鉄道が継承、同社の駅となる〔。 * 1919年(大正8年) * 1月1日 - 太子口駅(たいしぐちえき)に改称〔「軽便鉄道停車場名改称」『官報』1919年1月18日 (国立国会図書館デジタル化資料)〕。 * 1月25日 - 太子口喜志駅(たいしぐちきしえき)に改称〔「軽便鉄道停車場名改称」『官報』1919年1月31日 (国立国会図書館デジタル化資料)〕。 * 3月8日 - 社名変更により大阪鉄道の駅となる〔。 * 1933年(昭和8年)4月1日 - 喜志駅に改称。 * 1943年(昭和18年)2月1日 - 関西急行鉄道が大阪鉄道を合併、関西急行鉄道長野線線の駅となる〔。 * 1944年(昭和19年)6月1日 - 戦時統合により関西急行鉄道が南海鉄道(現在の南海電気鉄道の前身。後に再独立)と合併、近畿日本鉄道長野線の駅となる〔。 * 1957年(昭和32年)10月18日 - 当駅から古市駅まで複線化〔『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』 862頁〕。 * 1987年(昭和62年)10月25日 - 当駅から富田林駅まで複線化〔『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』 438・874頁〕。 * 2003年(平成15年)9月13日 - 当駅 - 古市駅間の南阪奈道路(翌2004年3月開通)との交差箇所が高架化〔『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』 495・880頁〕。 * 2007年(平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「喜志駅」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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