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喜連川 氏春(きつれがわ うじはる)は、江戸時代の大名。下野喜連川藩の第4代藩主。 == 生涯 == 寛文10年(1670年)5月11日、足利家一門の高家で下野国足利郡駒場村(現在の栃木県足利市)に1040石を領していた宮原義辰の次男として生まれる。喜連川昭氏の嫡子(養嗣子)だったその弟氏信が早世したため、生まれた直後の同年7月23日に昭氏の養嗣子となった。 天和2年(1682年)7月28日に徳川綱吉に御目見し、正徳3年(1713年)に昭氏が死去したために、正徳4年(1714年)1月19日に跡を継いだ。享保6年(1721年)6月25日に死去。享年52。 跡を長男の茂氏が継いだ。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「喜連川氏春」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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