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四五式二十四糎榴弾砲[よんごしきにじゅうよんせんちりゅうだんほう]
四五式二十四糎榴弾砲(よんごしきにじゅうよんせんちりゅうだんほう)は、大日本帝国陸軍が1912年(明治45年)に制式化した榴弾砲(攻城砲)である。なお、本稿では24cm榴弾砲の原型として設計・開発された四五式二十糎榴弾砲についても説明する。 == 概要 == 日本陸軍は日露戦争中の旅順包囲戦によって多大な損害を出した。この戦訓によって大威力の特殊な重砲を整備しようとする意見が生まれた。当初の研究予定では15cm加農、20cm榴弾砲、30cm榴弾砲、40cm榴弾砲が策定された〔佐山『日本陸軍の火砲』327頁〕。20cm榴弾砲の試作完了後、試験に立ち会った陸軍幹部から威力不足が指摘された。また榴弾威力、装填速度を考慮し、口径を24cmに拡大して再設計が行われた。したがって四五式二十四糎榴弾砲は、スケールが異なるものの形状や機構は四五式二十糎榴弾砲のそれを引き継いでいる〔佐山『日本陸軍の火砲』317-318、327頁〕。生産数は、昭和17年末の時点で81門製造とする大阪造兵廠第一製造所の記録が残る〔佐山『日本陸軍の火砲』351頁〕。 攻城砲とは、堅固な敵野戦陣地の攻撃や、海岸防衛用に使用する非常に大威力の火砲で、榴弾砲の場合は敵の陣地または砲塔に曲射弾道によって直撃を加え、破壊することを目的とする。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「四五式二十四糎榴弾砲」の詳細全文を読む
英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Type 45 240 mm howitzer 」があります。
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